日記


Elliott Smith : Waltz#2 - YouTube

敗北の音楽

 敗北の音楽、その言葉をみたのは町田康の「権現の踊り子」だったか、よく覚えていない。

 敗北の音楽、敗北のイメージにまとわりつかれた権現市。そこで活動しているバンドが奏でる音楽がこれはもう圧倒的な敗北感にまみれているという。

 

 町田康はよく堕落の文学として太宰と比べられることが多い。太宰が自尊心を美しく昇華させた堕落文学だとしたら町田康は醜くもがきながら堕ちていく文学だ。彼の文章はユーモアと音楽で溢れている。ユーモアといっても小洒落たものではなく、追い詰められた状況ではもう人間は笑うしかないよね、なんていったどうしようもないユーモアだ。切羽詰まった人間は不敵に笑うことでしか自分を保てない。

 高校生の頃、彼のユーモアセンスとワードセンスにはまって町田康の本はほとんど読んだ。彼の出した意味の分からない猫の写真集まで買った。最近は本を読む機会も減ったのだが、なぜだか近頃「権現の踊り子」に出てきた敗北の音楽というワードが頭を離れない。

 お金がないです。お金がないとやることは限られてくるわけで、寝るか、暇をつぶすために手を動かすか、音楽を聴くか、気が狂い始めるとわけのわからない文章を書きはじめたりします。人間の細胞は10年ですべて新しい細胞に生まれ変わるそうです。細胞の入れ替わりの過程がどのようなものかはわかりませんが、こんな生活を続けていたら細胞に敗北の精神が根付いてしまって、「ああ、なんか、このひと全然ダメみたいっすよ」みたいな雑な引継ぎを新しい細胞にされてしまい、10年後にはどうなっているのか。このままだといかんよなぁ、と、わかっているのに、敗北の音楽に魅力を感じて動けなくなってしまっている。新譜を買いたいです……。

 

スプラトゥーンをやった

 やりました。今話題のスプラトゥーンを後輩の家に上がり込んで15時間近くやった。これがもう面白い。昔からハマるゲームは対人向けだろうと一人プレイだろうと何十時間もプレイしてしまう。ハマるゲームには特徴があって、ゲーム性、デザインに魅力を感じるとそれはもう意味もなく何週もしたりする。小学生の時は武蔵伝がゲーム性、デザインともに心にばちこーんとはまって猿のようにプレイしてた。他にもハマったゲームはあったはずなんだけどなぜか武蔵伝しかでてこない。なんでだ。

 それでこのスプラトゥーンがですよ、もうゲーム性もデザインもばちこーんなわけで。以前TPSをやっていたんですが、これはもう絶望的にセンスがなくて「敵を先に発見したのにやられる」「何をしていいかわからなくなってMAPの真ん中で泣きだす」「死因がわからない」など散々な立ち回りを見せていたのですが、スプラトゥーンはコンセプトがしっかりしていてわかりやすい。負けているなら色を塗ってゲージを溜めて必殺技で状況を打破する、勝っているならMAPの高所ポイントをおさえる、などTPSやFPSの基本なんだろうけど他のゲームでは下手でなかなかできなかった立ち回りがスプラトゥーンだったら割と理想通りに動ける。シンプルだけどそこまでエイムが求められないのが嬉しい。(レートA+の世界は知らない)

 キャラクターもヘッドホンとかしててめちゃくちゃかわいい。はやく買いたい。

 

老人ホーム

 うちの近所には老人ホームが多い。最近では新しく立つ建物の9割が老人ホームというのだから嫌になってくる。葬式場も近くにあって、毎週家の前に新しい、でも古い、知らないひとの名前の看板が出ている。町全体が大きな棺桶みたいに思えてくる。

 老人ホームに入居してくる人には2種類いて、これからの人生を前向きに生きる為にくるひと、あとの人生を死ぬためにくるひとがいる。どちらがいいとか、悪いとかはまだ20年しか生きていない自分が言えることではない。ただ、どちらも美しいと思う時はある。

 ニュースで見かけたが今は老人ホームの入居者も増えてきていていわゆる椅子取りゲームのような状況らしい。自分が年をとった時にはせめて生きるためか、死ぬためか、自分で選びたい。凜として、美しく。

 

手紙

 女性声優さんへのファンレター。一度口に出してみて欲しい。女性声優さんへのファンレター。なんとこころが踊る言葉だろうか。いまいちわからない人は女性声優の箇所を任意の異性に変えてもらうとわかりやすいだろう。まあ大事なのは手紙を出すという事だ。突然日記を書きはじめたのも大体が、とういかすべてこのファンレターを書くためなのだがやはり駄文を連ねてもいい文は浮かんでこんよね。さっぱり。

 イラストとかを描くにしてもそうだけど、考えて、腕をうごかして、形にする、というプロセスは脳に良いと思う。後で見返したらとんでもないゴミが完成していることがほとんどだけど、形として残る、というのはやっぱり大事で、10年後の生まれ変わった細胞の自分が、今とはどれだけ考え方が変わっているのかはわからないけど、形として残った死んだ自分の細胞の断片を見て、なにか思うことがあれば、生まれ変わった細胞に少しでも伝わればいいなと思う。もちろん金があればこんなことをしていない。スプラトゥーンをやる。以上。